はじめに
この業界は世間一般や他業種の方には非常に理解しづらい業種らしく、「そもそもIT業界って何?」と問われることがあります。
当然ですよね。IT業界自体の歴史も浅く、雑誌やインターネットで調べてみるも、業界用語が多くてさっぱりわからないで方も多いでしょう。何より、パソコンや周辺機器などといった実態のあるもの(ハードウェア)を商品に売るのではなく、多くはその中で動く形を持たないソフトウェアを売る商売であることが分かりにくさの大きな要因かも知れません。
そこで、私が過去に行った客先での開発業務、営業、経理、人事、社員管理の経験を元に、この業界の知識をなるべく業界用語を少なくして解説してみます。IT業界について知りたい方、IT業に携わりたい方などの助けになれればと思います。
まずITとは、一般的には「インフォメーション・テクノロジー(information technology)」の略で、直訳すれば「情報技術」ということになります。 「これから行く店の場所を知りたい」など何かわからないことがあると、パソコンやスマートフォンで検索して調べるのが当たり前になりました。ネット通販で買い物をするという人も多いでしょう。このようなコンピュータやインターネットを使った技術を「情報技術」といいます。お医者さんは病気を治してお金をいただく。コンビニは商品を売ってお金をいただく。IT業界ではこの「情報技術」を提供してお金をいただく商売ということになります。
前編では一般的なIT業界のお仕事について、後編では技術的な部分についてまとめてみましたので、興味のある方はご一読下さい。
申し上げておきたいのは、「高収入かつ華やか」というのはごくごく一部の企業で、以外の中小企業の多くはそれとはまるでかけ離れた状況に置かれているということです。中には爪に火をともすような思いで経営している企業も多いのが実態です。
私は人に「ご職業は?」と聞かれると「IT関係です」と答えています。そこには「華やかな職種」をアピールするなどというイヤラシイ目的など毛頭ありません。他に、「情報システム関係」とか「ソフトウェア開発」、「システムエンジニア(SE)」など言い方はたくさんあるのですが、「IT関係」と言った方が端的でそれ以上深く突っ込まれないからです。説明が面倒なんですよね・・・。
IT業ってどんな仕事?
簡単に言えばユーザー(使う側)が必要とする情報技術を提供してお金をいただくお仕事です。
多くの企業はITを使って、業務の効率化やデータの活用による新規事業の開発を進めています。IT業界に携わる人の大半は、このような企業の手助けを行い報酬をいただいています。パソコンの使い方を指導したり、パソコンが正常に動くような環境を作ってあげたりといったこともその一つですが、業務の効率化を図るために、その企業独自のシステムを開発して提供するのがメインのお仕事といえるでしょう。
ある日々の業務に3人の人間が携わっているとします。システムを導入することで、この業務が一人でしかも1時間で出来てしまうことになるとどうでしょう。3人に支払っていた人件費が一人の1時間分まで下げることができるのです。
仮に時給1,500円だとすれば3人で1,500円×8時間×3人=3,6,000円になります。これが1,500円まで下がるということは1/24のコストダウンに繋がるということになります。さらにこれが年間だとどうでしょう。3,6,000円×月約20日×12カ月=8,640,000円が360,000円まで落ちることになります。ということは・・・システム開発費に800万を投じても1年で元が取れるという計算になるわけです。
社会全体としてIT化が進めば雇用が減るとは一概に言えませんが、雇用者側からすれば、時にはヒール役になるお仕事かもしれませんね。
IT業界で飯を食う
前述したように、IT業界に携わる大半の人間は、企業の手助けを行うためにシステム開発をして報酬を得ています。とはいえ、システム開発というのは何も企業のためだけにあるものではなく、当然ながら個人が使うアプリケーションソフトを開発する分野も存在します。有名なところで言うと、Microsoft社のWordやExcelといったものですね。
お金のいただき方も、システムを丸ごと売ってしまう方法や、月額利用料というように一定期間の利用料を徴収する方法、システムを使用する度に領収する方法など様々です。
以上を含め、この商売はどうやって成り立っているのでしょうか。3つのパターンを挙げてみます。
- 不特定多数または特定のユーザーにニーズが「あるであろうと思う」システムを開発して売り込む方法
- ある特定のユーザーからそれ専用のシステム開発の依頼を受けて報酬を得る方法
- (1)または(2)の開発を、元請けまたは下請け(後述“元請け、下請け、孫請け” ご参照)として請負い報酬を得る方法
中小企業の多くは(2)、(3)で経営をまかなっています。(1)を実行するにはそれなりの投資金(大半は人件費に掛かるコスト)が必要だからです。売れるか売れないかわからない商品を開発し、当然、開発期間はそれに関する収入はマイナスですから、なかなか踏み込めないのです。反面、(1)でメガヒットを達成すると莫大な利益を得ることも可能です。一昔前の携帯電話のコンテンツが分かりやすい例です。
月々210円のコンテンツを1万人が利用したとすると、単純に月210万円の売り上げになります。そのコンテンツの開発者が2名だとすると、税金や運用コストを引いても一人月100万円くらいの収入を得ることができます。しかも一度開発したものは多少のメンテナンスが発生するとしても、ほぼ野放し状態でお金が入ってきます。この資金を元手にまた別のコンテンツの開発もできますし、それに伴い従業員を増やすことも可能になり、軌道に乗ればあっという間に大企業の仲間入りです。
こういった「ハイリスクハイリターン」の考えはモノを売る商売に共通ですが、IT業に関してはリターンが他の業種と比べ巨額になる可能性があるのです。時には、学生が趣味で開発したアプリが大ヒットしたというような「ローリスクハイリターン」の前例も数多くあります。よって、中小企業経営者としては何とか(1)の方法で独自の商品を開発して広めたいという夢がある方も多いです。
IT業の起業コスト
IT業の大きな特徴としては他の業種と違い、起業・運営にかかるコストが非常に少ないです。起業という意味では、飲食店を例にあげると、調理器具、食器、インテリアなどに多額の設備投資をする必要があります。それがIT業では最低、パソコン、開発するためのソフト、プリンター、ネットワーク(インターネット接続環境)さえ整っていれば仕事ができるのです。
また運用面では、依頼を受けた仕事にどうしても必要なソフトやハードを購入しなければならない(ほとんどありません)場合以外、必要なコストはプリンター用紙とインク、インターネットプロバーダーに支払う運用費くらいでしょう。要するに、物を仕入れて売るのではなく技術を提供する商売なので、支出が少ない分、売上に近い利益を生むことができるのは他の業種に比べ恵まれているともいえます(売上-支出=利益)
同僚と同じ屋根の下で働くことは少ない
「IT業界で飯を食う」でも記述しましたが、中小企業の多くは「企業の元請けまたは下請けで報酬を得る方法」で経営をまかなっています。受注した仕事を行う方法にも2通りあります。
- 自分の会社で開発したものを納める(持ち帰り作業)
- 発注者側の社屋内で開発する(常駐作業)
1990年代までは(1)が普通でした。というよりそれが許されていたと言った方が正しいかもしれません。それが「発注者とのコミュニケーションが取りやすく作業が効率的」などの理由から(2)が主流になり、その後、個人情報保護や情報セキュリティーの問題から、今や(2)が当たり前のスタイルとなってしまいました。そのため自社には社員一人一人の専用ディスクはもちろん、パソコンすらない会社も少なくありません。自社で作業するわけではないので必要ないという考えからです。
ホームページの作成など、個人情報を扱わない業務や、発注者側が開発環境を提供するのが困難な場合は、現在でも(1)で開発が行われています。 その結果、社員は自分の会社に通うこともなく直接現場に向かうため、同じ会社の同僚と顔を合わせることがほとんどなくなります。 会社は帰属意識(自分の会社に所属しているという意識)を失わないようにと、月一回集会(報告会や飲み会)を開いたりしますが、結局は現場の人間といる時間の方が長いし、遂行すべき業務は現場にあるため、「給与さえもらっていれば自分の会社なんてどうでもいい」という考えに走りがちです。
私も一度の転職と独立をしているのでその一人なのですが、周りを見ても40代まで一つの企業でやり続けてきた人はほとんどいません。
給与面もそうですが、現場での勤務時間の長さに嫌気がさして転職する方も多いですね。元同僚も毎日終電だと嘆いていました。
元請け、下請け、孫請け
元請けとは発注者から直接仕事を請け負う(受注する)ことです。その仕事をさらに請け負うことを下請け、下請けから仕事を請け負うことを孫請けといいます。発注者→元請け→下請け→孫請けへの支払には必ず中間マージン(手数料)が発生します。1人当たりの月単価を60万円、中間マージンの利率が一律5%だと仮定すると支払いは以下になります。
- 発注者→元請け:¥600,000
- 元請け→下請け:¥570,000
- 下請け→孫請け:¥541,500
この例で、自分の会社が下請けとして6名の社員が常駐しているとした場合、元請けに比べて月18万、年間216万の差額が発生します。この金額は中小企業にとっては非常に大きな額です。よって、下請け企業は実績を積み重ねたあかつきには発注者に元請けへの格上げを相談するのが当然です。
そこで、元請けになる(口座を持つ)ためのハードルは?という問題について説明します。ちなみに、元請けとして受注できる会社を「その会社(発注者)に口座がある会社」という言い方をします。これはIT企業に特化した言い方ではなく他業種でも多く使われる言葉です。 IT業界では元請けになるためには様々な条件をクリアしていなければならないのが現状です。これは法的な縛りではなく、発注側が元請け会社としてふさわしい企業かを精査し資格を与えるために設けた規定であり、ある程度お付き合いが深い(会社としての信頼がある)以前に、例えば以下の条件があったりします。
- 設立から3年以上経っている会社であること。
- 業務成績が安定している(決算報告書のコピーを提示させられる)。
- 下情報セキュリティー、個人情報保護などがしっかり守られている。
- 上記に関する社員教育、定期的なチェックが実行されている。
これは今や元請け会社のみならず、下請け、孫請けにも課される場合があります。
現場での元請け、下請け、孫請け関係
元請け→下請け→孫請けといった序列はあくまでも契約上のもので、現場での役割やスキル(後述 “IT業に関するスキル” ご参照)は必ずしも元請け>下請け>孫請けとは限りません。下請け会社の社員がグループリーダーを務めることも決して珍しくありません。さらに、元請け会社の社員が不在で、下請け、孫請け会社の社員だけでグループが構成される場合もざらにあります。何故、どのような経緯でそのような形態が成り立つのか考えられる例をあげてみます。
パターン1
プロジェクト起ち上げ時点では、元請け、下請け、孫請けとグループメンバーにいたのに、月日が経ち業務が落ち着いた頃に、元請けが自社の都合で別の業務にアサインされ抜けてしまう。
パターン2
発注者が元請けに「早急に起ち上げたいプロジェクトがある」と相談したが、元請けに今すぐ出せる社員がいない。そこで元請けの提案で、「ウチが契約上元請になるが優秀な協力会社がいるので現場にはそこの社員を出すのはいかがか?」という案に合意する。
パターン3
発注者は以前から信頼のおける、ある下請け会社に業務を頼みたい。でもその会社には元請けになる資格がない(口座がない)ため、ある元請け会社に契約上のみ間に入って欲しいと依頼する。
以上の3パターンはどれもIT業では日常と考えてもいいでしょう。
IT業に携わる者が感じる格差(報酬面)
前述しましたが、社員の多くは発注者側の現場で作業を行います。現場ではエンドユーザー(発注者)や、元請け会社の社員、下請け会社の社員、孫請け会社の社員といった、様々な会社の人間が一つのグループとして席を並べて同じ業務に取り組んでいます。
ちなみに、金融業ではシンクタンク企業が元請けの場合が多いです。 簡単にいえば、○○銀行の「○○情報総研」、○○生命の「○○システム」といった、本体金融機関をシステムサポートする会社ですね。
エンドユーザーは発注者なので立場は違いますが、元請け、下請け、孫請け会社の社員は、現場では同じ業務に携わる同僚といえます。しかしそれぞれ所属会社が異なるため、月給、年収もバラバラです。現場に慣れてくると、ふとした会話からお互いどのくらいの所得なのかを探ったりするものです。その時、自分の収入が妥当な金額と思うか、安月給に愕然とするかです。「何故同じ勤務時間で同じ作業をしているのに隣人とこんなに所得の差があるのか!?」といった不条理さに頭を抱える方も少なくありません。
もしグループリーダーが下の者より収入が低かったら耐えられませんよね。それゆえに、転職をする人、同じ現場に残りつつ所属会社を変えて転職をする人も少なくありません。後者は現場でよっぽどの信頼があり、現場の上役との人間関係(パイプ)が確立していないと難しいですが。